『功名が辻』

 NHKの今年の大河ドラマは司馬遼太郎原作の『功名が辻』。山内一豊とその妻・千代の物語であるが、なかなか視聴率で苦戦しているようだ。

 紅星は基本的に大河は毎年見るようにしているが、正直今回の『功名が辻』、開始前はあまり見る気がしていなかった。理由は簡単、紅星は長宗我部フリークだからである。元々道産子だった紅星が高知の大学を受け、その後高知県に居着いている数多の理由の一つに『(長宗我部)元親と龍馬と(幸徳)秋水ゆかりの地である』というのがある程で、某歴史シミュレーションシリーズ『信○の野望』の最新作が出ると購入し、真っ先に長宗我部家(または土佐一条家)でクリアする。 そんな紅星だから、2006年大河が『功名が辻』に決まった時、「土佐に圧制をしいた一豊のドラマなんかやらんと、『夏草の賦』(元親とその妻・菜々が主人公の司馬小説)をやらんかい!!」とエキサイトしたものである。

 まあそれでも最後の方は土佐が舞台になる話だし、「浦戸一揆」や「瀧山騒動」がどう書かれるか気になるからとりあえず毎回見ている。感想を言うと、「みんなつまらんと言うけど、それほどでもないやいか」というのが正直なところである。大石静氏脚本の劇は市民劇場で何度か観た事があるがどれも面白く、「功名が辻」にも大石テイストが随所に散りばめられている。それより何より、仲間由紀恵があんなに魅力的な女優とは思わなかった!上川隆也もなかなかいい演技しているし・・・結構好印象の一豊像で描かれているので、後の「ジェノサイダー一豊」とのギャップが心配である。

 しかし視聴率が低迷しているのはやはり主人公の知名度不足とエピソードの少なさ、そして大河視聴者の一定の割合を占める、紅星のような「歴史オタク」が持っている多かれ少なかれの違和感が影響しているのではないか・・・と思う。

 加えて、紅星の見た限りでは「地元」高知も何か盛り上がりに欠けるというか、無関心とまで言える雰囲気がある。先日2/5付高知新聞に作家の坂東眞砂子氏が「大河ドラマにだまされるな」といったコラムを寄せ、その事が読者欄でちょっとした論争にはなっている。また紅星の住む四万十市(旧中村市・西土佐村)の市役所や商工会議所などには、「功名が辻」や4月から高知城周辺で開かれる「土佐24万石博」を宣伝する横断幕やのぼりが翻っている。しかし、「24万石博」に果たして目標人数20万人が来るかどうか不安視する声も多い。大体が、観光協会や商工会議所のお人方は誘致には熱心だが、肝心の「功名が辻」を見たり視聴率アップに何か手を打っているのか?いやそもそもこの人方はちゃんとドラマを毎週欠かさず見ているのだろうか?なぞとついいらん事を考えてしまう。

 いま一つやる気が感じられないのは、やっぱり「観光のためだから『功名が辻』や『24万石博』を誘致はしたが、本当はご先祖を抑圧した山内なんぞ嫌いだ」などというのが本心・・・というのは勘ぐり過ぎか?

 とにもかくにも、今後のドラマ本編の盛り上がりと『24万石博』の成否は気になるところだ。

 


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多喜二と秋水

 今日2月20日は「多喜二忌」-73年前、「蟹工船」などで知られる作家・小林多喜二が特高の拷問で虐殺された日である。

 実は私・紅星の実家は小樽で、親が学校の教員であった事や、祖父が北海道拓殖銀行(多喜二の元職場。もっとも祖父は多喜二没後の入社なのだが)の行員だったという縁もあって興味があり、小樽文学館の「多喜二コーナー」や、旭展望台の「多喜二文学碑」によく行ったものである。また同じ小樽の先輩として、軍国主義に反対して志半ばで倒れた彼を誇りに思うし、今でも彼が直接の先輩筋にあたらないことが誠にもって残念である。
 ※余談ながら、多喜二と小樽高商(現小樽商大)の同期で小説家の伊藤整は、紅星の小学校と高校(旧制小樽中学)の先輩にあたる。さらに余談だが、日本共産党の佐々木憲昭衆議院議員は北海道出身で、多喜二の後輩(小樽商大卒)にあたる人である。

 そう言っておきながら、小樽在住中は一度も多喜二忌に参加していないし(もっとも当時は中高生なのだから無理なのだが)、多喜二の作品を読むようになったのもこの3・4年の事である。否、高校生の時も幾度か読もうと試みたことはあったのだけれど、多喜二の個性的な文章は当時の紅星には強烈すぎて途中でよう読まなくなってしまうのだった。

 その後大学で高知に来て多喜二に接する事はほとんど無くなったが、今から5年?ほど前か、突然その機会は巡ってきた。知人から前進座の「母」という演劇を観ないかと誘われたのだ。この演劇は三浦綾子氏の小説が原作で、多喜二の母・セツが主人公である。正直、観ようかなと思ったのも郷里へのノスタルジーからだったように思うが、多喜二の感性や人間性、また母セツの愛などに深い感銘を覚え、その会場で小説「母」を買って読んだ。また高校時代にザセツした彼の作品に再トライしてみようと、帰省時に小樽文学館で小説集「ザ・多喜二」(第三書館・2500円)を購入し、小樽からの帰路かぶりつきで読みながら幡多へ戻って来た事だった。今では読むたび改めて「多喜二って凄ェなぁ!」と実感させられ、この本は少々かさばるのが難点だが、JRなどでどこか遠くに移動するときにはしばしば車中で読みふけっている。

さて、ここまで読んでこられた中に「何で今回の題名が“多喜二と秋水”なのか?」と思われる方がいるかも知れない。実はもう知っている方も大勢いるだろうが、多喜二の作品に秋水が出てくる箇所があるのだ。
 その作品は「東倶知安行」。当時の無産政党・労農党公認で北海道選挙区に出馬した島田正策の選挙戦のルポルタージュ的小説(でいいのかな?間違っていたらご指摘お願いします)である。紅星の好きな作品の一つなのだけれども、登場人物の一人に地元の老活動家がおり、その老人は酔うと「幸徳秋水」の話をする癖があるといったくだりがあり、初めて読んだ時に多喜二と秋水につながりがあることに妙な嬉しさを覚えた事だった。

 多喜二の郷里・北海道小樽と秋水の郷里・幡多中村。この二つの遠く離れた地をともに「ふるさと」とすることになったのは二人の縁があるのか、はたまた自分の「苗字」の奇妙な因縁なのかともしばしば思ってしまうが、何かと怠惰に流れがちな日常の中、ふと偉大なる先人に思いを馳せ、二人の願った「非戦・平和」の日本を守る為に頑張らねばと襟を正す日々である。
 


自民党というのは、けちん坊の集まりなのか

 実に1ヶ月ぶりの記事である。何も更新出来ぬほど忙しかった訳でもあるまいにこれだけ間があいたというのも、単に私・紅星が筆不精であるからだが、さすがにこれ以上間をおくのは情けない。我ながらつくづく駄文だと思いつつ今日の一文を。

 1月30日の昼休み、いつも通り食後に、職場で取っている高知新聞を眺めていると、思わず『マジかい!?』と疑ってしまう記事が目に入った。
 その記事は29日に高知市内のホテルであった自民党高知県連大会の様子を書いたもので、普通だったら紅星的には見たくもない記事のハズなのだが、その記事には『昨年5月に定年退職した事務局長の後任は、人件費がネックで未定のまま。故障がちな広報車ですら「久礼坂(※)を上がれない車なのに買い替えもできない」ありさまだ』と、およそ先の衆議院選で300議席近くも取ってウハウハ状態の党とは思えない事が書かれているではないか。
※久礼坂というのは高知県の真ん中辺にある急な坂です。
 紅星は自民党の事を『不況で困っている中小業者から金をむしり取ってブイブイ言わせている金満オヤヂ共の群れ』だと思っているので、街宣車も買えないビンボーだとは今でも信じられない。大体、宣伝カーなんぞそこそこの中古車にスピーカー付ければ50万ほどで出来るだろうに。事務局員だって、ハローワークで月給20万位で募集かければ選り取りみどりだろう。金が無いなら共産党みたいに『宣伝カー購入カンパ』でも党員や支持団体にお願いに廻れば、金持ちの集団なんだから100万や200万すぐに集まるだろうよ。いや、そもそもあんたら、うちらの税金から毎年たんまりと『政党助成金』貰っとろうが!(・・・イカン、思わず書いていてエキサイトしてしまった)
 
 やはり自民党が宣伝カーを買い替えられんというのは、この政党が『金を貰ったり儲けたりするのはウエルカムだけど、税金とか金を払うのはイヤ』という吝嗇家(りんしょくか=けちん坊)の集団である事を如実に示す好例だと思う。