「どこか適当な仕事の口はございませんでしょうか?」
「どんな労働でも嫌がりません」
「報酬の点は幾らでもよろしゅうございます」
「ほんの食べる分だけあれば沢山です」・・・
ああ、何という凄惨な声であろうか? 私のような力なき者の耳にさえ、日々数人、十数人の口からこの声の放たれるのを聞かない事はない。
知るべし、今日の日本全国至るところ、この声の反響しないところがない事を。
さらに知るべし、この凄惨な声の反響するところ、いかに多くの憐れなる人の子が、職を失い、または職に就けないために、力尽き道端に斃れ伏しつつあるかを。
見よ!輝かしい希望を抱いて、国公立・私立の各大学・各専門学校を卒業する青年は、毎年幾千人になろうか。しかし、毎年幾千の新しい職業は決して彼らのために供給されることはない。彼ら青年の高給取りの夢はたちまち破れて、その卒業証書は今や一片の反古(紙くず)にすらならず、彼らは日々の衣食にすら困る有様ではないか?
見よ!大資本家・大会社・大商人がその競争から生じる損害からまぬがれ、かつその利益をますます増大させようとして、連合し、同盟し、トラストをつくって市場に横行するや、中小商工業者はみな押し潰され、呑み込まれ、追いやられて、転業・破産・零落(落ちぶれる)のやむなきにいたることを。まるで秋風が枯葉を撒き散らすようではないか?
見よ!工業器械が日進月歩改良され、かつ婦人・児童労働の増加のために、成人男子労働者の需要が減り、あらゆる大工場で一度に数十・数百もの職工を解雇する事が頻繁に行われているではないか。そして彼ら専門的職工は、工場の門を出て一時間もしないうちに、直ちに困窮の境遇に追い込まれているではないか?
見よ!かの文明の交通機関(※ここでは鉄道のこと)の設置される地域がますます広がるにしたがって、憐れな幾万もの車夫は、日に日にその収入の大部分を奪い去られつつあるではないか。そして、さらにはその職業やその生活さえも奪い去られつつあるではないか?
こうして学生といわず、商工業者といわず、職工といわず、車夫といわず、その他官吏(※公務員)や議員や農夫やその他もろもろ、皆その職を維持するのが大変でない者はなく、一度その職を失えばこれを求めるのを急がぬ者は無い。そして再び職を得られない者が常に十中八九であり、その結果、かの凄惨なる声は実にこれらの幾千万人の腹の奥底から絞り出されるものではないのか。
このことを、どうして我々が黙ってやり過ごすなどできようか?
ああ、彼は怠け者ではない。 彼は働く事を欲している。
彼は無智ではない。 彼は(大学の)卒業証書を持っている。
彼は放蕩者ではない。 彼は節約勤勉を旨としている。
彼は凶悪ではない。 彼は純朴な心の持ち主である。
それなのに彼は職を失い、もしくは職を得る事ができないでいる。彼らの生活の権利が失われようとしているのは、決して彼らの不徳にあるのではない。彼らがまさに飢えようとしているのは、決して彼らの罪悪にあるのではないのだ。
ならばその罪、果たして誰にあるのか?この問題は、我が社会の当面の一大問題ではないのか?
我が全社会よ、まずかの凄惨なる声を聞け。そしてこの問題への答えを一考してみるが良い。一考しても答えが出ないのならば、直ちに社会主義に来たれ。
社会主義の旗ははっきりと貴方の進むべき道を指し示すであろう。
以上、冒頭からの長ったらしい引用、終わり。
で、この文章は何っ?て方がほとんどだろうけど、これは『平民新聞』二号(1903年11月22日号)に載った無署名論文、
『凄惨の聲』(せいさんのこえ)
です。無署名論文ですが、その特徴ある文体から、幸徳秋水氏が執筆したと見られています。
ここまでこの文章を読まれた方、どのような感想をお持ちでしょうか?
本文中には、『車夫』という、現在ではもう存在しない職業があったり、また、「『婦人労働』について良く書いていない」と批判する人もいるようですが、この論説を初めて読んだとき、紅星は
「これ、本当に100年以上も前に書かれた文章なんか!?今と何も変わってないじゃいか!」
と感じました。
この論説が書かれて26年後に、今、巷でブームとなっている、小林多喜二の「蟹工船」が発表され、さらに「蟹工船」が世に出されて約80年後、再び蟹工船が多くの人々、それも20代・30代に読まれているのは、幸徳秋水や小林多喜二がその筆で鋭く告発した『日本型資本主義』が今なお続いている一方で、いよいよ立ち行かなくなっている証であると紅星は感じているところです。
支配階級・大資本家・大投資家は、何とか現在の仕組みを維持しようと、『自民総裁ショー』に衆目を引き付け、乗り切ろうとしていますが、どっこい、『平民新聞』や『蟹工船』当時は微々たる勢力だった当方は、今やJCPだけでも数十万の仲間・数百万の応援者までに成長しています。そんなに簡単に、彼らの思い通りにさせません。
幸徳秋水ら『平民社』の諸先達、小林多喜二ら戦前のJCPの先輩方が、弾圧・拷問そして死にすら屈せず訴え続けた
『政治の仕組みを変える』
今こそ先達の志を受け継ぎ、奮闘する刻である!と自らに言い聞かせているところです。
今日も当ブログにお立ち寄りいただき、ありがとうございました。
したっけ(そしたら)、今日はこの辺で☆



この記事に対するコメント
100年前と同じ?
今の世の中を憂いながら時代がかった語調で書かれたものと思い込んで読み進めていたら、びっくり!
なんと、100年以上も前の文章ですか。
ぜひ、広めて欲しい。
蟹工船に続いて、平民新聞ブームを!