スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


紅星の小樽ぶらり その2

さて、紅星の小樽探訪、後編です。


探訪2日目の29日は、前日の地吹雪も落ち着き、探訪するにはまずまずの天候でした(それでも朝方は雪掻きで難儀しましたけど)。

この日の目的地は、若竹町の多喜二生家跡、奥沢の多喜二墓所、および運河沿いの建築物群

まずは実家(塩谷。演歌「小樽の人よ」にもちょっとだけ出てきます)から中央バスで小樽駅へ。

otarustation.jpg

駅に隣接する第1ビルの紀伊國屋書店に寄り道してみると、文庫本コーナーでは、「蟹工船」が売れ筋第4位に。

kanikosen-bestseller.jpg

小樽駅から2駅、小樽築港駅で下車して多喜二生家跡へ。

・・・あれ?ない!?

ガイドブックによると駅舎から国道沿いに150mほどのところとあったのですが、行けども行けども、それらしき標柱は見当たらず…

ウソやろ!?駅舎改修や道路拡張で場所移動でもしたのか?と30分近くその辺をうろつき、いったん駅に戻ろうとしたところ、駅の出口横、ポールにはさまれて何やら雪の小山が。

もしや…と近づき、雪を払いのけてみると、ビンゴ!『多喜二生家跡』のレリーフでした!
前日の大雪で埋まってしまっていたんですね。

味気のない標柱から、小洒落たブロンズのレリーフに変わっていたのと、近年の再開発でマイカル小樽ができ、築港駅も大きくなったため駅横(というより駅が生家跡を呑み込んだかたち)になってしまっていたのが難儀した理由。

やはりこれも『蟹工』効果?それとも、築港駅拡張時に一緒にリニューアルしたんか?

ともかく、よっしゃァ!っと、手袋せず素手でしたが、かじかむ手も苦にならず雪を全部払いのけ撮ったのが下の写真。

takiji-seika001.jpg takiji-seika002.jpg

一時はどうなるかと思いましたが、まずは幸先のいいスタートで、気分よく次の目的地・多喜二墓所へ。

築港駅から小樽駅へ一駅戻った南小樽駅で下車し、そこから徒歩で奥沢墓地まで。事前の予想では30分足らずで到着するはずだったのですが、路面は前日の雪がシャーベット状になり、何とも歩き心地最悪。こんなんだったら、市内でタクシー運転手しているのアドバイス聞いてバスで行きゃよかった…。

と、悔いてばかりでも仕方ないとがむしゃらに歩いて、目的地・多喜二墓所の前まで来たのですが、目の前に広がるは、雪に半分以上埋まった墓石の群れ。加えて、墓地へ入っていくのもスキー板でもはかなきゃ無理。

でも、ここまで来た証になるもの何かないかと捜すと、多喜二墓所入り口の掲示板が、何とか埋まらずにあったので、望遠で撮影して帰ってきました。

takiji-ohaka.jpg

旭展望台の多喜二文学碑もそうですが、多喜二の地を訪ねたいと考えておられる方は、冬はやめておいた方がいいですよ。

さて、ちょっと落胆しながらも気を取り直し、南小樽駅前に戻ろうと信号待ちをしていると、何やら宣伝カーっぽい声が。ひょっとしてと見やると、JCP小樽地区と小樽選出の花岡道議が宣伝カーで年末の宣伝をしていました。すかさず写真を撮って「ガンバレ~!」と手を振ると、笑顔で手を振って返してくれました。

otaru-kyosanto.jpg

これで幾分機嫌が戻りながら、

小樽オルゴール堂
orgoal-do001.jpg orgoal-do002.jpg

水天宮
suiten-gu001.jpg suiten-gu-keijiban.jpg suiten-gu002.jpg suiten-gu-takuboku_convert_20090102161116.jpg

そして小樽運河とその周辺の散策をしました。

otaru-unga001.jpg otaru-unga002.jpg otaru-unga003.jpg

しっかし、小樽運河も変わったもんですね。車夫で運河めぐりはまだしも、運河周辺では日本語が通じない!?中国語?台北語?それとも英語??みたいな。

まったく10年ぐらい前だったら考えられんかった光景(もっとも、10年前はロシアからの人が多かったですが)。

また、観光客からも、何か話しかけやすいのか次々に「シャッター押してくれませんか?」と頼まれる。片言の英語とボディーランゲージで何とか対応しましたけど。でも、「Thank you!」と言われるとこっちも悪い気しませんですね。

ところで、運河にも人気スポットと、人のほとんど訪れないスポットがあったりして、紅星はどっちかというと“わびれた”スポット=北運河のほうが落ち着いていて好きです。拓銀跡やオルゴール堂、北一硝子の辺もそれはそれでいいんだけど、正直、

何かケバイ

のがちょっと、みたいな。

そんな訳で、北運河にある旧小樽郵船

otaru-yusen001.jpg otaru-yusen002.jpg

そして北海製罐前でしばし佇み、古き良き小樽、多喜二の頃の土臭い、どことなく垢抜けない小樽の名残を楽しみました。本当に、同じ小樽運河とは思えんほど人が居らん。でも、それがいいのですよ。

hokkai-seikan.jpg

因みに、この北海製罐、蟹工船の缶を作る会社であり、また、多喜二の作品『工場細胞』の舞台にもなったところだそうです。

と、そんなこんなでぶらぶらしていると、はや午後3時。北の冬の日没は早く、この頃から段々と暗くなってきて、4時にはもう夜って感じになります。

運河はこの辺にして、帰る前に都通りアーケードを見ていこうと、ちょっと寄り道。

これはその途中の旧安田銀行

yasuda-bank001.jpg yasuda-bank002_convert_20090102161722.jpg

そして旧手宮線。

temiya-sen.jpg

都通り商店街にも不況の波の痕跡が随所に見られ、紅星が高校時代によく行った本屋もなくなったり、デカイパチンコ屋が周りを圧するように建っていたりしてすっかり様変わりしていて、寂寥感のようなものが込み上げたことでした。

miyakodori.jpg

しかし、そんなかにも、喫茶『光』や

hikari_convert_20090102160448.jpg

カレーショップ『ガリオン』

garreon.jpg

西川のぱんじゅう

nishikawa-panjyu.jpg

そして『あまとう』、『館』などといった老舗はいまだ健在で、それを見て、ああまだあの頃の小樽はここに在ってくれているな、と嬉しく感じたことです。

都通り商店街を抜けると、昨日来た文学館や

旧拓銀小樽支店、
takugin-otaru002.jpg

旧日銀小樽支店
nichigin-otaru002.jpg

の立ち並ぶ通りがあり、塩谷行きのバス停もその前にあります。

昨日は雪でろくな写真撮れませんでしたが、今日は雪にも邪魔されず、ガス灯もついていい感じ。
何枚か写真に収めて、この日の小樽ぶらり散策を締めくくりました。
dogin-honten.jpg

以上、乱雑な記事構成と乱文になってしまいましたが、我が郷里・小樽の魅力が少しでも皆様に伝わったのなら嬉しいです。


追記:ウチの近くのゴロダの丘に、伊藤整文学碑があるので、その写真もアップしてみます。文学碑の背後に見えるのが、塩谷の浜です。

sei-itoh-bungakuhi.jpg

紅星は中学時代、毎日この文学碑横を通って通学していました。懐かしいです。
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

お久し振りです。


謹賀新年お目出度うございます。
年頭言として、共産党の親愛なる兄弟達へご挨拶。

右翼構成員から一言。
共産党は例えば「〇〇地方で最低一議席確保!」みたいな感じのミミッチイ事ばかり言っているから(選挙後の保身の為に?)若者に発揚感を与える事が出来ていない。
共産党諸君!「単独与党を目指す!」と自信を持って世間にメッセージを発したまえ。そうすれば、君達の潜在力から計算すると五十議席は固いぜ!若者にロマンを与えなきゃ!「この国を良くし、自分達無産者の生活をより良くする。自分達の力で!」青年達に自覚させよ。

最も政党らしい日本共産党に敵からエールを送らせて貰います。

【2009/01/04 22:26】URL | 大日本愛国党高知県本部齋藤 #-[ 編集]

お年賀ありがとうございます


大日本愛国党高知県本部齋藤さま
どうも、新年のご挨拶ありがとうございました。返事遅くなって申し訳ありません。

実は今日、某映画を観に高知に行っていたんですが、車で帰りしな、貴党が土佐女子前で辻説法されているところをお見かけしました。寒いなかお疲れ様でした。

さて、議席の件でエール頂きありがとうございました。
確かに、結果はともかく、それぐらい自信をもってアピールしないと駄目かも知れませんね。

まァ、まずは目先の1議席、四国の回復を目指すべく頑張りたいと思います。


【2009/01/12 00:36】URL | 管理人(紅星龍水) #UUAZtqBU[ 編集]

この記事に対するコメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://tosanishikigyorin.blog47.fc2.com/tb.php/190-5f06ed65
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。