スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


64回目の広島原爆忌に。

今年もまた、8月6日がやってきた。


 今年はやはり、オバマ大統領のプラハ演説により、アメリカが代表を送るかどうか注目されたが、米国の代表の姿はあの場所にはなかったようだ。

 また、今年の8.6もヒロシマは平和への祈り・核廃絶への祈りに包まれた一方で、一瞬にして溶け、焼け焦げた無辜(むこ)の人々の魂を冒涜する集まりが、常日頃は“エーレー、エーレー”と喧(かまびす)しき集団によってこの日を狙って行われたことに、心底腹が立ったことである。

 (言論の自由は認めよう。しかし、彼らには日本人の美徳・・・『思いやり』、『労わり』、『惻隠の情』がないのか!?)

 さて、以前にも書いたように記憶しているが、紅星は毎年、8.6には7時半には起き(いつもは8時半頃まで布団の中)、平和祈念式典を見ながら、運命の8時15分にはTVの前で黙祷させて頂いている。

 (自己満足と嘲笑するなら、するがいい。)

 平和祈念式典でいつも感じることは、人は変われど、変わらぬ、格調高く広く世界に訴える、歴代広島市長の平和宣言!それに続く、まっすぐに聞く者に届いてくる、子ども代表『平和への誓い』!

・・・そして、いかにも官僚が書いたとしか思えない、国会答弁のような、歴代総理の『あいさつ』!

 今年も秋葉・広島市長の平和宣言は素晴らしかった。

 

 【以下、広島平和祈念資料館 web site から引用】]

2009年 広島・平和宣言

 人類絶滅兵器・原子爆弾が広島市民の上に投下されてから64年、どんな言葉を使っても言い尽せない被爆者の苦しみは今でも続いています。64年前の放射線が未(いま)だに身体を蝕(むしば)み、64年前の記憶が昨日のことのように蘇(よみがえ)り続けるからです。
 
幸いなことに、被爆体験の重みは法的にも支えられています。原爆の人体への影響が未(いま)だに解明されていない事実を謙虚に受け止めた勇気ある司法判断がその好例です。日本国政府は、「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め高齢化した被爆者の実態に即した援護策を充実すると共に、今こそ省庁の壁を取り払い、「こんな思いを他(ほか)の誰(だれ)にもさせてはならぬ」という被爆者たちの悲願を実現するため、2020年までの核兵器廃絶運動の旗手として世界をリードすべきです。
 
今年4月には米国のオバマ大統領がプラハで、「核兵器を使った唯一の国として」、「核兵器のない世界」実現のために努力する「道義的責任」があることを明言しました。核兵器の廃絶は、被爆者のみならず世界の大多数の市民並びに国々の声であり、その声にオバマ大統領が耳を傾けたことは、「廃絶されることにしか意味のない核兵器」の位置付けを確固たるものにしました。
 
それに応(こた) えて私たちには、オバマ大統領を支持し、核兵器廃絶のために活動する責任があります。この点を強調するため、世界の多数派である私たち自身を「オバマジョリティー」と呼び、力を合せて2020年までに核兵器の廃絶を実現しようと世界に呼び掛けます。その思いは、世界的評価が益々(ますます)高まる日本国憲法に凝縮されています。
 
全世界からの加盟都市が3,000を超えた平和市長会議では、「2020ビジョン」を具体化した「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を、来年のNPT再検討会議で採択して貰(もら)うため全力疾走しています。採択後の筋書は、核実験を強行した北朝鮮等、全(すべ)ての国における核兵器取得・配備の即時停止、核保有国・疑惑国等の首脳の被爆地訪問、国連軍縮特別総会の早期開催、2015年までの核兵器禁止条約締結を目指す交渉開始、そして、2020年までの全(すべ)ての核兵器廃絶を想定しています。明日から長崎市で開かれる平和市長会議の総会で、さらに詳細な計画を策定します。
 
2020年が大切なのは、一人でも多くの被爆者と共に核兵器の廃絶される日を迎えたいからですし、また私たちの世代が核兵器を廃絶しなければ、次の世代への最低限の責任さえ果したことにはならないからです。
 
核兵器廃絶を視野に入れ積極的な活動を始めたグローバル・ゼロや核不拡散・核軍縮に関する国際委員会等、世界的影響力を持つ人々にも、2020年を目指す輪に加わって頂きたいと願っています。
 
対人地雷の禁止、グラミン銀行による貧困からの解放、温暖化の防止等、大多数の世界市民の意思を尊重し市民の力で問題を解決する地球規模の民主主義が今、正に発芽しつつあります。その芽を伸ばし、さらに大きな問題を解決するためには、国連の中にこれら市民の声が直接届く仕組みを創(つく)る必要があります。例えば、これまで戦争等の大きな悲劇を体験してきた都市100、そして、人口の多い都市100、計200都市からなる国連の下院を創設し、現在の国連総会を上院とすることも一案です。
 
被爆64周年の平和記念式典に当り、私たちは原爆犠牲者の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げ、長崎市と共に、また世界の多数派の市民そして国々と共に、核兵器のない世界実現のため渾身(こんしん)の力を振り絞ることをここに誓います。
 
最後に、英語で世界に呼び掛けます。
 
We have the power. We have the responsibility. And we are the Obamajority.
Together, we can abolish nuclear weapons. Yes, we can.

 
2009年(平成21年)8月6日

広島市長 秋 葉  忠 利


 色をつけて強調したところは、紅星が『そのとおり!!』と、思わず拍手を送りたくなったところ。
 例年、秋葉市長の平和宣言には深く感銘させられるが、今年は特に、「ヒロシマ・ナガサキ議定書」採択後の具体的な核廃絶プログラムの提起と、地球市民の声を反映する国連制度の提案、そして日本国内外に跳梁する『9条改定勢力』に掣肘(せいちゅう)を喰らわす『日本国憲法は世界多数派の思いの結晶』との発言に、惜しみない快哉を叫びたい。
 
 また、今年のこども代表『平和の誓い』も、聞いていて静かな感動が湧き上がってきたことだった(紅星は自他共に認めるひねくれ者で、平素は滅多なことでは感動などしない)。

【以下、毎日新聞web記事より引用】

こども代表 『平和への誓い』 


 人は、たくさんの困難を乗り越えてこの世の中に生まれてきます。

 お母さんが赤ちゃんを生もうとがんばり、赤ちゃんも生まれようとがんばる。

 新しい命が生まれ、未来につながっていきます。それは「命の奇跡」です。

 しかし、命は一度失われると戻ってきません。戦争は、原子爆弾は、尊い命を一瞬のうちに奪い、命のつながりをたち切ってしまうのです。

 昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。

 それは人類が初めて戦争による被爆者をつくりだした時間であり、世界が核兵器について真剣に考え始めなければならなくなった時間です。

 あの日、原子爆弾は、広島の街を一瞬にして飲み込みました。

 建物は破壊され、多くの人々が下敷きになりました。人々の皮膚は、ボロ布のように垂れ下がり、「助けて」、「水をください」と何度も言いながら、亡くなっていったのです。それは、人間が人間らしい最期を迎えられなかった残酷な光景でした。

 多くの夢や希望を一瞬にして吹き飛ばされた人たちの悲しい、「闇」の世界でした。

 世界の国々では、今も、紛争や暴力によりたくさんの命が奪われています。僕たちのような子どもが一番の犠牲となり、体に傷を負うだけでなく、家族を失い心に大きな傷を負っています。日本でもまだ多くの人たちが原爆の被害で苦しんでいます。入退院を繰り返す被爆二世の人もいます。だから、まだ戦争は終わったとは言えません。

 これから先、世界が平和になるために、私たちができることは何でしょうか。

 それは、原爆や戦争、世界の国々や歴史について学ぶこと、けんかやいじめを見過ごさないこと、大好きな絵や音楽やいろいろな国の言葉で、世界の人たちに思いを伝えること。

 今の私たちにできることは、小さな一歩かもしれません。

 けれど、私たちは、決してあきらめません。

 話し合いで争いを解決する、本当の勇気を持つために、核兵器を放棄する、本当の強さを持つために、原爆や戦争という「闇」から目をそむけることなく、しっかりと真実を見つめます。

 そして、世界の人々に、平和への思いを訴え続けることを誓います。

 平成21年(2009年)8月6日

 こども代表 広島市立矢野小学校6年   矢埜哲也

       広島市立五日市南小学校6年 遠山有希


 何という、まっすぐに、聞く者のこころに直接訴えかける『誓い』であろうか!

 もっとも、思想・信条は色々あろうから、彼らの訴えに批判や反論をする人々もいて当然だし、あえてそれらの行為を妨げることもするまい。

 だが、真摯な彼らの訴えに嘲笑や侮蔑、罵詈雑言をもって応えようとする者が居るならば、そのような輩は凡そ『人間(human)』であるとは言えまい。

さて、先ほどは
>いかにも官僚が書いたとしか思えない、国会答弁のような、歴代総理の『あいさつ』!
と、くさしたばかりだが、今回の麻生総理の『あいさつ』は、実は紅星は些少ではあるが評価しているのだ。

 どこが、と問われると、記憶にある小泉・安倍・福田総理は、まさに官僚の作文を棒読みしているだけのようであったが、麻生総理は正面を向き、時折、字幕に出る首相あいさつの『原文』と異なることを発言して、内容はともかく自分の言葉を発しようという『意志』が見てとれたからである。

 ・・・というのは半分冗談で、19連敗もしながら被爆者の感情を一顧だにせず控訴し続けた方針を転換し、原爆症認定の解決に向けて重要な一歩を踏み出したからである。

 しかし、その『あいさつ』の後の記者会見で、麻生総理は『核の傘』に固執する姿勢を改めて示した。

 彼は『あいさつ』のなかで

>広島、長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、国際平和の実現に向け、あらん限りの努力を傾けなければならない。

>わが国は15年間にわたり、国連総会に核廃絶決議を提出してきた。・・・本日、私はあらためて日本が今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際平和の先頭に立っていくことを誓う。

と、胸を張り宣言していたが、矛盾は感じないのだろうか?

このような矛盾に満ちた発言を聞いていると、先の原爆症認定訴訟の控訴取り下げや原告全員への救済への方針転換も、

「補償するのは次の(民主党)政権。補償の財源に汲々とするがいい」

という政治的思惑があるのでは、と邪推してみたくもなる。

今回も、いつも同様に多岐亡羊、とりとめの無い文章となってしまったが、核廃絶への国際的機運は、最大の核保有国の首脳が『核廃絶』に対して言及せざるを得ない状況になるまでに高まっている。

この機を逃してはならない。我々一人ひとりが、“『ヒロシマ・ナガサキ』のある国”の国民として、自分の言葉で、できるかたちで核廃絶への取り組みに参加する責務があると感じている。

 最後に一つの“作品”を紹介する。

 高知では毎年8月第一週の土・日に、全国から漫画書きの卵である高校生が結集して、『まんが甲子園』というイベントが行われる。
 そこでの歴代優勝作品は、高知市追手筋の追手前高校東側の『まんが甲子園通り』に路上展示され、いつでも見ることができるのだが、第1回大会の決勝テーマ『一番の日』で最優秀作品に選ばれたのが下の作品である。

 第1回まんが甲子園 テーマ『一番の日』最優秀作品

この作品に描かれた『一番の日』が、一刻も早く、現実に訪れるよう願って止まない。


スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://tosanishikigyorin.blog47.fc2.com/tb.php/252-8b709d0a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。