いざ、ウルトラへ!

 四万十川ウルトラマラソン本番まで、いよいよ24時間を切った。
 紅星は第7回大会から60kmの部に参加していて、過去に出場した5回とも何とか完走できている(うち一回は残り一分で時間切れとなり記録上は残っていないけど)。今年で6度目のエントリーになる訳だが、今年の出走には今までとは違った想いがある。


 そもそも、小・中学の9年間、一貫して体育の成績が1、高校でも10段階評価の3というほどの超運動音痴であった紅星が60kmマラソンなどという『暴挙』に参加するようになったのは、前の職場で一緒に仕事をしていた人からの誘いがあった事に始まる。

 当然、前に書いたような運動音痴の自分だったから、最初のうちは断っていた。しかし、ちょうど仕事でヘマばかりやって落ち込んでいた時で『60km走れたら自信が持てるかも』と思うようになった事と、思い返せば高校の長距離走は中の下ぐらいの成績だったし、高知大学時代の『室戸貫歩』では90km歩き通せていたから、全く無理な話でもないかも・・・とエントリーを決意したのが1999年の3月の事だった。

 さて、それから職場の前の急な坂で一日おきに練習を始めたのだけれど、最初のうちは往復2km程度の坂を上り下りするのに30分もかかり、しかも練習後は息も絶え絶えでほとんど動けなくなる状態。『本当にこんなので60kmも走れるんか?やっぱ止めておこうかな・・・』と何度も考えた。それでも2、3週と練習していくうちにそんなにひどい状態でもなくなってきたので、GWに大方町(現・黒潮町)で行われる『大方はだしマラソン』6kmに、練習の試金石にと参加した。結果は40分。今ならばもうちょっと早く走れるだろうにと考えるところだが、当時の自分にはこれが限界値で、翌日筋肉痛にも悩まされる始末だった。

 その後、夏の暑さのため8月に練習を1ヶ月サボった事もあったりしたが、ズボラな自分には珍しく週2,3回のペースで練習して、1999年10月17日の第6回四万十川ウルトラマラソン-紅星の初ウルトラマラソン-を迎えた。

 結果は・・・ヒザ痛、重度の筋肉痛、熱中症、そして途中倒れかけるほどの深刻な脱水症に見舞われながらも9時間22分の、タイムアップギリギリで完走できた。今、この記事を打ちながらもその時の感動が甦っているところである。

 不思議な事に、走っている最中は『もうイヤだ。何で自分はこんな事をやっているんだ。今回で終わりにしよう』と思う瞬間があるのだが、走り終えた後はいつも、『次も必ず走ろう』と思うのだ。

 そんなこんなで60km初挑戦は無事完走で幕を閉じ、それからさらに4回、この60kmマラソンに挑戦してきた。以下にその4回を簡潔に紹介する。

 2回目:第7回(2000年)  
         8時間47分  自己ベスト記録

 3回目:第8回(2001年)  
         8時間54分

 4回目:第9回(2003年) 
   ※2002年は高知国体のため行われず、2年ぶりの大会
         9時間31分? 公式記録に残らず。
          →完走は出来たが、大会規定で9時間30分以内のゴールのみ公式記録に残すため。
  この4回目の挑戦は、今思い出しても悔しい。2年ぶりの大会にも関わらず、実に1年と9ヶ月間全く練習をしておらず、体重も75㌔と激太り・・・まさに慢心と惰性で参加した結果だった。

 そして捲土重来を期して参加した5回目・第10回大会(2004年)。
歳を追うごとに基礎体力の低下を実感しつつも、自分を叱咤激励しつつ走り、9時間22分のタイムで(・・・あれ、今気づいたけど1回目のタイムと同じだ)完走できた。

 さて、この5回目の挑戦が終わったとき、自分のなかで『これで一区切りついたかな』という思いが胸の中を満たした。正直、3回目と4回目の参加は年中行事といった感じで走っており、1回目のような想いで走れなくなっている事にこの時違和感を持った事と、持病のヒザ痛がひどかったため1年間様子を見てみようと思ったからだ。

 そういった経緯で、昨年の11回大会はエントリーせず、ランニングもほとんどしなかった(そのためやはり4回目の挑戦前と同じく激太りしてしまった)。それでも大会当日はやはり気になって、ゴール地点の近くに行ってランナーの応援をした。

 そして思った。

 『あぁ、やっぱり走りたいなぁ』と。

 ランナーのみんなは、時間制限や肉体疲労とたたかいながらも、走る楽しさで輝いていた。時間内にゴールできなくても、達成感で晴れ晴れとした表情だった。そんなみんなを応援していて、その場にランナーとして参加していない自分が、とてつもなく寂しかった。

 この時、『なぜ自分はウルトラマラソンで走るのか』の初心に戻れた気がした。今回の参加申し込みをする時、いつもは『はずれたらしょうがない』といった感じで応募していたのだけれど、今回は『頼む、当たってくれ』と祈る気持ちで応募した。練習も、時々生来のものぐさ太郎が頭をもたげてきたり仕事の都合でどうしてもできなかった時もあったが、初参加や自己ベストを記録した2回目のときと同じぐらい行ったつもりでいる。

 そして何より、これが一番自分の中では大事な変化だが、『上』を目指そうといった野心が芽生えてきたことである。

 『上』とは、タイムもそうだが、100km参加・完走を最終目標とすることである。実際、意識し始めた8月あたりから練習方法や栄養補給、身体のケアなどを過去のやり方から徐々に変えつつある。

 今までの60km参加は、正直いって『完走できればいいや』といった感じでやっていたが、今回は100kmを目標に見据えた走りをしたいと考えている。

 とりあえずゴール時間8時間30分を切ること。これが今回の自己ノルマ!!

 などと、丼いっぱいに山盛りになり、ほとんど『伊太利そば』と化したスープスパゲッティをむさぼりながら気合を入れているところである。


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追記:今日の午後2時現在、良すぎるぐらいの快晴である。明日もこんな天気なら気温もかなり上がり、厳しい走りを覚悟しなければならないだろう。加えて、オゾン層が薄くなっているのか、今年は今までになく日差しがきつく、突き刺さるようだ。水分補給をしっかりとしたいところである。
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この記事に対するコメント


むりせんと、、頑張りや~

【2006/10/14 21:03】URL | 水村 正 #-[ 編集]


青旗がついてるで~

【2006/10/14 21:05】URL | 水村 正 #-[ 編集]

おからだ大切に


トラバありがとうございました。
私も小学校の頃の体育の成績は極めて悪く大嫌いだったのですが、
中学校の体育科の教諭が、結果(相変わらず良くなかった)ではなく、プロセス(努力)を認めてくれて比較的高い成績を付けてくれたので、嫌いでは無くなりました。
今では、遅いながら、毎週プールに行き、1500mほどを1時間かけて泳いでいます。
走る方は今も苦手ですが、
紅旗を掲げて走るあなた様を遠くから応援します。
くれぐれも無理をなさらず、身体第一で調整しながら頑張ってください。

【2006/10/15 14:28】URL | JUNSKY #96q68/9Y[ 編集]


どうでした~
お疲れさん、、、
よう走らんけど、、歩きます、

【2006/10/15 20:49】URL | 水村 正 #-[ 編集]


大丈夫か~

【2006/10/16 20:45】URL | 水村 正 #-[ 編集]

ご声援、ありがとうございました!


JUNSKYさま、水谷様、ご声援ありがとうございました。
例年より4℃も高い暑さの中、何とか完走することができました。
詳しくは本日(16日)付のエントリーをご覧下さい。

【2006/10/16 22:46】URL | 紅星龍水 #UUAZtqBU[ 編集]

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