消えた『高新』社説と、刮目(かつもく)して読むべき『沖タイ』社説

 25日朝に、前日の『幸徳秋水墓前祭』の記事を読むべく、高知新聞と朝日新聞をコンビニで買ったら、両紙とも『名護市長選 (辺野古移設)反対派 稲嶺氏当選』を1面トップで大きく取り上げていた。

 ※余談ながら、この日の新聞にはどこも『秋水忌』の記事を載せているところはなく、26日にやっと『朝日』が地方面に載せた・・・が、地元・高新はまだ!? いつもなら翌日に必ず載せるがに、何をしゆうがぞ!?


 ・・・・閑話休題。話を辺野古問題に戻して、さて、高知、朝日とも1面や社会面では移設反対派のたたかいや基地容認派のなかの複雑な苦悩を取り上げていて、そこそこ読める記事となっていたのは評価できる。

 しかし、である。 問題は社説だ。

 特に高知新聞。サイトに飛んでコピペしてやろうとしたら、何故かもう一方の小沢氏聴取の分は載せているくせに、こっちの社説は載せていない。何となく姑息な感じすらしてあずましくないので、手打ちで『消された社説』を再現してやろう。

【引用はじめ】
 名護市長選 普天間移設さらに混迷
 高知新聞 1月25日付 第二社説

 米軍普天間飛行場移設問題が最大の争点だった沖縄県名護市長選挙は、反対派の新人が容認派の現職を破った。

 県議会は一昨年、キャンプ・シュワブ沿岸部(同市辺野古)への移設反対を決議。昨年衆院選では全選挙区で反対派候補が当選している。同市長選でも反対派が勝利したことで、現行計画履行のハードルはさらに高くなった。

 鳩山内閣はこの問題を5月までに決着させる方針だが、混迷の度合いは深まるばかりだ。移設先の具体案提示に向け、厳しい判断を迫られよう。(※何か他人事って感じ)

 名護市では1997年の住民投票で米軍基地受け入れ反対が過半数を占めたが、以降3度の市長選では容認派が当選してきた。地域経済の低迷に苦しみ、受け入れと引き換えの振興策に期待せざるを得なかったからだ。

 今回、反対派勝利への流れをつくったのは、政権交代による民主党中心の政権誕生である。政権公約で在日米軍基地は見直しの方向で臨むことを掲げ、当時の鳩山代表も普天間移設は「最低でも県外」と訴えた。

 ただ、米側は現行計画の早期履行を求める姿勢を変えておらず、鳩山内閣も選択肢から外してはいない。外交・防衛にかかわる基地移設は、地元への配慮だけで決める性格のものでもない。(※つまり、国がやると決めたら地元はつべこべ言うな、と!?)

 一方で、辺野古移設は公有水面の埋め立てを伴う。その許可権限を持つ仲井真知事は県内移設を容認しているものの、市長選結果や県議会の反対姿勢などから現行計画を進めるのはより困難になったと言えよう。辺野古案に逆戻りすることになれば、地元は収拾のつかない混乱に陥る恐れがある。

 鳩山首相は沖縄県民の総意を見極めながら最終判断するとしてきた。総意の底流には戦後、在日米軍基地の7割以上が集中する過度な負担を強いられ続けてきた憤りが抜きがたくある。

 それと真正面から向き合おうとする内閣の姿勢は理解できるが、普天間移設が白紙に戻っては元も子もない。(※普天間基地撤去へ交渉するという道は、この人の思考回路にはないようだ)。米国も沖縄県民も理解できる解決策を見いだす作業を加速させねばならない。

 そのためにも大阪府の橋下知事が提起しているように、国は全国知事会に普天間問題を協議するよう要請するなど国民的議論を高める必要がある。仮に県外移設の場合でも、密室で地元の頭越しに決めてしまっては「沖縄の不満」を再生産するだけである。

 時間がない。(※何で?)政府には渾身(こんしん)の努力を求めたい。

【以上、引用終わり】

 何の事はない。沖縄に一片の同情を見せる“振り”をしつつ、地方自治より日米安保至上、平野官房長官同様、選挙結果がどうだろうが『そんなの関係ねぇ(by田○神)。辺野古で押し切るべし』という、先の安保50周年社説と並んで高新紙上に汚点を残す酷い社説としか言いようがない。

 全国の地方紙の社説も、高新のヘタレ社説同様のものかと少々暗澹たる心地で、それじゃご当地の新聞はどのような社説を展開しているのだろうと考え、琉球新報と沖縄タイムスの社説を拝見すると・・・さすが沖縄の地元紙!読んでいてそれまでの不快感が春の雪の如く消え、代わりに歴史的変化の只中に生きていることへの実感が湧いてきた。

 紙面の都合上、残念ながら琉球新報の社説はリンクから飛んでご覧頂くとして、沖縄タイムスの堂々たる社説を、敬意を込めてここに全文引用したい。

【引用開始】

 名護市長に稲嶺氏「翻弄の14年」に終止符 2010年1月25日 09時20分


 民意は示された。沖縄にだけ負担を押し付ける矛盾を振興策で取り繕う仕組みは「終わり」を迎えた。

「もう終わりにしよう」

 名護市長選で現職を抑えて当選した稲嶺進氏(64)は有権者にそう訴えてきた。日米関係に刺さるとげといわれ、14年も迷走した米軍普天間飛行場の県内移転計画は事実上、消滅した。

 単に基地容認、反対の対決ではなかった。基地を安定化させるために政府が支出する基地関連予算に基づく地域振興か、あるいは基地依存構造からの脱却を目指すかどうかの選択だったといえる。

 市民の判断は「アメとムチ」の構造を終わらせることだった。これは日米安保体制を支えてきた「補償型基地行政」の破(は)綻(たん)を意味する。

 日米両政府とも前政権が合意した名護市辺野古への普天間移設計画をごり押しすることはもはやできない。岡田克也外相が「海兵隊の存在は抑止力の重要な部分だ」と国外移転を否定する以上、選択肢は「県外」しかないが、北部振興策などの「補償型」が名護市でつまずいたいま、本土の自治体に海兵隊受け入れを求めるのも難しくなる。

 有数の米軍受入国である日本の安保政策は未曾有の試練に直面するだろう。

 島袋氏は基地問題について、政府が出す結論を見守る、として移設への賛否を明確にしなかった。基地容認の「保守派」が定石とする選挙戦術だが、あいまいな態度は有権者に受け入れられなかった。

 移設計画が持ち上がって4度目となる市長選。国策に翻弄(ほんろう)されることへの不満が政権交代で一気に噴出した。

 1997年の名護市民投票、その後の各種世論調査で県内移設に反対が多数を占めたが、98年以降の県知事選、同市長選で容認派が連勝した。今回の選挙で民意のねじれ状態が解消されたことになる。

 北部振興策や島田懇談会事業などで600億円以上が名護市に投下されたが、波及効果が期待外れだったのは、高止まりの失業率県平均を下回る市民所得空き店舗率の高さなどの数値に表れている。市財政に占める基地収入の割合は97年以前の6~9%台から近年20%前後に上昇、依存度の高まりが顕著だ。

 多くの市民が景気対策を新市長に望んでいる。いばらの道ではあるが、基地に頼らない自立策が課題となる。

 鳩山政権は普天間問題の解決を5月までと期限設定し、与党3党が移設先を検討している。よもや辺野古に舞い戻ることは許されない。

 米政府は現行案をベストと言い続けているが、米国からも柔軟な意見が聞かれる。元国務副長官のアーミテージ氏が「我々は“プランB”を持つことが必要だ」と述べるなど、新たな解決策を模索する雰囲気も生まれそうだ。

 名護市長選は今後、「日米安保=基地提供=沖縄」という戦後日本の安保政策を終わらせるきっかけになるかもしれない。


 日米安保改定50周年の節目の年に、大きな地殻変動が起きようとしている。


【以上、引用終わり】

 高新の社説担当記者は、長年の自民党政治でこびり付いた『安保至上主義』の垢を擦り落とし、名護へ、辺野古へ直接足を運び、市民の苦悩や怒りを肌を持って知るべきである。

 沖縄は 基地の間に 人が住み (上田庄三郎)




 以上、今回もお付き合い下さり有難うございました。 したっけ
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この記事に対するコメント

京都新聞は


京都新聞は、「沖縄の心は汲め、移転先を責任もってつくれ」との論調でした。「時間がない」「米とのきしみ」は変わらないですね・・・。


以下長い引用ですみません。


名護移設「ノー」  民意くみ、米と向き合え
 米軍普天間飛行場の移設問題が焦点となった沖縄県の名護市長選で、辺野古地区に移設する現行計画に反対する新人の稲嶺進氏が当選した。
 名護市民は明確に「基地ノー」を政府に突きつけた。県外・国外移設を求める県民世論は今後さらに高まろう。
 選挙結果を受けて鳩山由紀夫首相は従来方針通り、5月末までに移転先を決める考えを強調した。平野博文官房長官は結果にとらわれず、現行計画も排除せずに検討する意向を表明した。
 だが選挙によって「住民合意」という計画の前提が崩れたことで、辺野古案は白紙に戻ったと言える。
 鳩山首相が最終判断を先送りする中で、住民が移設と引き替えの振興策より、移設反対を選択した事実は無視できまい。
 政府は、民意を重く受けとめるべきだ。新たな移設案を早急にまとめ、米政府と真正面から向き合って理解と協力を求める必要がある。
 移設反対を前面に掲げた稲嶺氏に対し、現職の島袋吉和氏は、移設容認の立場ながら争点化を避け、振興策継続を訴えたため、論争がかみ合わなかったのは残念だ。
 辺野古移設の是非をめぐり民意が問われたのは、1997年の住民投票や今市長選を含め5回にも及ぶ。そのたびに賛否が分かれ、住民間に亀裂が生まれた。国の安全保障にかかわる重要問題は政府が判断すると言いながら、首相の決断先送りが、結果的に名護市民に選択を強いる形になったことは否めない。
 政府・与党の沖縄基地問題検討委員会(委員長・平野官房長官)は、2月前半に各党が移設先の具体案を示し、米側と協議しながら政府案をまとめる方針だ。
 だが、辺野古に代わる候補地を選定しても地元の猛反発は避けられまい。社民党が求めるグアム全面移転も米側が容易に応じるとは考えにくい。
 協議が行き詰まれば、普天間返還や在沖縄海兵隊のグアム移転計画そのものが頓挫しかねない。
 検討委では、各党が積極的に代替案を示すべきだが、言い放しは許されない。移設先の説得も含め、与党としての責任ある言動を求めたい。
 鳩山政権は、きしみが増す米国との信頼を回復する上でも、約束した5月末までに移設先を最終決定しなければならないのは当然だ。熟考する余裕はあまりない。
 同時に、これまで抑圧を強いられてきた沖縄の歴史も踏まえ、95年の米兵による少女暴行事件など、基地がもたらしたさまざまな問題に沖縄県民がどれだけ苦しみ、耐えてきたかを、いま一度、立ち止まって、かみしめるべきだ。そこから困難な課題解決の糸口が見えてくるかもしれない。

[京都新聞 2010年01月26日掲載]

【2010/01/28 08:45】URL | おっはー #wuqAOhZo[ 編集]

京都新聞は・・・


>「沖縄の心は汲め、移転先を責任もってつくれ」

M原大臣が責任をとって、「京都に移転」と言ったら、
次の知事選がどうなるか・・・。

というところですな。
(うちに来てくれ、という「移転先」があるのか?)

ヤーサンの「ベンツが古くなったから、新車買ってくれ、」
に、ハイブリッド車のメーカー選定でもめてるのと同じ・・ですわな。

【2010/01/28 20:54】URL | ×第二迷信 #2CpNAWCc[ 編集]

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