ポスターを 貼ってほしい・・・♪(幸徳秋水刑死百年墓前祭)

♪世界中の 街角に ポスターを貼ってほしい・・・♪

去る24日、とある墓の前に集った250人の人達の『献歌』が響き渡りました。

笠木透と雑花塾の皆さんによる『献歌』


 お墓の主は平和運動と社会主義運動の先覚者・幸徳秋水さん(他の人は『秋水先生』や『秋水』と呼びよりますが、紅星はこの呼び方がしっくりきます)。『献歌』の題名は、『ポスター』。笠木透さん作詞、佐藤正剛さん作曲の、秋水さんを顕彰する歌です。歌詞は以下の通り(著作権に違反するようでしたら削除します)。


 【ポスター】  作詞:笠木透 作曲:佐藤正剛

  国が間違っていました
  幸徳秋水さん あなたは無罪です
  2011年1月24日 日本国
  世界中の街角に ポスターを貼ってほしい

1.あなたは天皇制に 反対した
  国の主人公は 人民なんだからと
  共和国を 夢見ていた
  あなたは日露戦争に 反対した
  自国のために 他国をおかす
  それが愛国心なのか

2.あなたは足尾銅山に 反対した
  鉱害に反対する 田中正造のために
  直訴状を 代筆した
  あなたは日韓併合に 反対した
  生をすて義をとる 安重根の写真に
  漢詩をささげた

3.あなたは遺言に こう書いた
  100年後誰か あるいは私に代わって
  言うかも知れない
  あなたは天皇暗殺を くわだてたと
  無実なのに処刑 私たちは発言する
  あなたは無罪だったと

  国が間違っていました
  幸徳秋水さん あなたは無罪です
  2011年1月24日 日本国
  世界中の街角に ポスターを貼ってほしい



 いい曲です!! この曲ほか5曲が入ったCDが今春に発売となるそうですが、自分が購入するだけでなく、ぜひ周りにも広めたいと思っているところです。

 さて、ここからは23日の前夜祭から24日の墓前祭、交流会、懇親会そして2次会まで参加した感想なんぞ書き連ねてみようか・・・と思いましたが、自分で書いたらまた長ったらしくなりそうなので、高知新聞さんがこの両日の催しについて記事を載せてくれたのを引用しつつ一言感想を添えさせてもらうとします。


秋水刑死100年 「平民の尊さ」絶筆で訴え
2011年01月24日10時14分

 大逆事件で刑死した社会主義思想家、幸徳秋水(1871~1911年)の出身地である四万十市に、死の6日前に書かれた絶筆とされる漢詩が残っている。

 「このように生きて、このように死ぬ。罪人になってあらためて無官の平民の尊さを覚えることができた」
(一海知義・神戸大学名誉教授訳)。

 社会主義者としての平民(大衆)への思いを最後まで貫くかのような漢詩は、死刑宣告が下された同年1月18日に看守に頼まれて書いた。

 看守は「よろこんでのぼる刑台の上」と書いた半紙ももらっており後年、「振る舞いが紳士的で、こんな人は(ほかには)いないと感じていた。普通は囚人だから16号と呼ぶんだけれど、こっそり先生と呼んでいました」と述べている。

 秋水は中江兆民に師事し、「万朝報」などの記者として活躍。日露戦争開戦時には非戦論を展開した。その後、「平民新聞」を創刊して社会主義思想家に。1910(明治43)年、天皇暗殺を狙った大逆事件の首謀者として捕らえられ、翌年刑死した。

 死刑執行の日、秋水は「書きかけの原稿があり、整理したい」と願ったが、聞き入れられず、死刑台に上った。取り乱した様子もなく、落ち着き払っていたという。

 きょう24日は、秋水の刑死100年。四万十市中村山手通の正福寺墓地で午後0時半から墓前祭が開かれる。
(楠瀬慶太)




反戦平和の思想学ぶ 幸徳秋水刑死100周年記念事業

 幸徳秋水の刑死100周年記念事業の第1弾として23日、四万十市右山五月町の市立中央公民館で、同市出身の明治大学・山泉進副学長の講演が行われ、演劇「大逆百年ノ孤独」が上演された。市民ら約300人が詰め掛け、反戦平和や自由平等を訴えながらも大逆事件で犠牲になった秋水らの考えや行動を学んだ。

 講演では「大逆事件の真実を明らかにする会」事務局長でもある山泉副学長が事件の概要を説明。「彼らの思想的復権を進めるべきだ」とし、「罪を着せられ、かわいそうだからするのではなく、不正を追及する勇気や高い人権意識を彼らから見習うべきだからだ」と訴えた。

 続く「芸術交響空間◎北辰旅団」(兵庫県)による演劇は、主宰の北野辰一さん(高知市出身)が昨年、書き下ろした戯曲。

 この日は、「観客と同じ目線で演じたい」という思いから、客席脇の空きスペースで上演。大逆事件で犠牲者を出した和歌山県や岡山県などから駆けつけた客らが、扇状に取り囲んで見入った。

 日露戦争に国民が熱狂する時代。反戦を訴える秋水らが激しい弾圧を受け、処刑されるまでを描いている。

 最終盤、文学者の徳富蘆花が登場し、「新しいものは全て謀反。百年の公論は必ず、そのことを惜しみ、その志を悲しむであろう」と語ると、現代の青年が現れ「大逆事件から100年、僕らは何をつかみ得ただろう。まだ何も未来につながる確からしきものはない」

 現代の社会を問い直すメッセージに、大きな拍手が起きていた。

 (久保俊典)



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 オレンジ色にした部分は、紅星も聞きながら深く頷いたところです。演劇の劇団員の人達は紅星と同年代か若い世代。このような素晴らしい演劇を作り上げてくれて感謝です。


「自由・平等・博愛の世に」 刑死100年 秋水しのび墓前祭 
2011年01月25日09時33分

 四万十市が生んだ社会主義思想家、幸徳秋水(1871~1911年)。大逆事件の首謀者とされ処刑されてから100年に当たる24日、同市中村山手通の正福寺墓地で墓前祭が行われ、秋水を慕って県内外から集まった約250人が、花を手向け、手を合わせた。(久保俊典)

 秋水は現在の同市中村京町2丁目に生まれた。青年時代に中江兆民と出会い師事。新聞記者となり、日露開戦へと世論が傾く中で非戦論を展開した。明治政府から激しい弾圧を受け、天皇暗殺を企てたとして処刑されたが、現在では社会主義者一掃を狙った政府のでっち上げだったとする見方が強い。

 墓前祭は「幸徳秋水を顕彰する会」(北沢保会長)が命日に毎年開催。田中全市長が「刑死100年の今年、私たちはあらためて時代の先覚者だった先生の業績や思想を論じ合い学び合って、先生が望まれた自由・平等・博愛の世界の実現に向けて取り組んでいきます」と追悼の言葉を述べた。

 県外から訪れた人も多く、東京都などに住む秋水の親族や、同事件で処刑された医師、大石誠之助らを出した和歌山県新宮市の「大逆事件の犠牲者を顕彰する会」のメンバーらも参列し次々に献花。

 またフォークシンガーの笠木透さんらを中心とするバンドが、秋水の無罪を訴える歌を墓前で熱唱。国が間違いを犯したと「世界中の街角に ポスターを貼ってほしい」と繰り返すと、参列者からは歌に合わせ手拍子が起こっていた。

 その後、四万十市役所に会場を移して開かれた交流会では、秋水の兄、駒太郎(養子)のひ孫にあたる幸徳正夫さんの講演や、県外からの参加者を交えた交流会も開かれた。

《きっと喜ぶ》秋水のいとこ、岡崎てるの孫に当たる岡崎悦明さん(62)=大阪府豊中市=の話
 祖母から「秋水はえらい偏見にさらされていた」と聞いたことがある。こんなに多くの人が墓前に手を合わせる姿を見れば、きっと喜ぶだろう。

《志受け継ぐ》和歌山県新宮市の「大逆事件の犠牲者を顕彰する会」の二河通夫会長(80)の話
 100年たち、ようやく一般市民が事件の犠牲者たちのことを理解できる段階まできた。大切なのは次の100年、彼らの志を受け継ぎ、どう生かしていくかだ。

《郷土の誇り》四万十市の「幸徳秋水を顕彰する会」、北沢保会長(72)の話
 秋水という偉人は、この四万十市の風土や文化が生み出したにほかならない。郷土の誇りとして、彼の業績、思想を地元市民が胸を張って全国に発信していかなければならない。



あとしんぶん赤旗も、25日付3面にこの墓前祭の記事を志位委員長のメッセージとともに載せています。

幸徳秋水の志引き継ぐ 大逆事件刑死100年 墓前祭 高知・四万十市

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【画像】順に、1.幸徳秋水墓地案内 2.「幸徳秋水を顕彰する会」北沢会長あいさつ 3.田中市長の追悼の言葉読み上げ 4.岡本かずやJCP高知県議候補 5.和歌山県新宮市「大逆事件の犠牲者を顕彰する会」のみなさん 6.福岡県「堺利彦・葉山嘉樹・鶴田知也の三人の偉業を顕彰する会」のみなさん 7.北海道文教大学講師・北村さん 8.思い思いに献花する参列者のみなさん 9.秋水さんのお墓正面撮り

 それにしても、田中市長の追悼の言葉と「ポスター」の合唱、本当に良かった!追悼の言葉は、土佐高知さんsimanto114さんがブログの中で紹介されているので、ぜひご覧下さいまし。

 さて、墓前祭に続いて午後2時からは四万十市役所を会場に、せっかく全国から大逆事件の犠牲者の復権活動をしておられる団体がいらしているのだからと活動交流会が開かれ、こちらにも100人ほどが参加しました。

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 交流会では先ほどの記事にあったように、秋水の兄、駒太郎(養子)のひ孫にあたる幸徳正夫さんの講演がまず行われました。幸徳さんは「秋水も、師である中江兆民との出会いがあったからこそ、思想家として成り得たのだと思います」と、人の出会いの大切さについて話されました。

 田岡新宮市長とJCP志位委員長のメッセージが紹介されましたが、新宮市長はメッセージ寄越したくせに大逆事件で犠牲となった新宮出身の3人(大石誠之助・高木顕明・峯尾節堂)の名誉回復や顕彰活動には強硬に反対しているそうで、何考えているのかよう分かりません。また志位委員長からのメッセージに、山泉さんは「共産党は片山潜の評価は高いが、秋水や枯川(堺利彦)は厳しく批判していたのでびっくりしている」といっておられました。

 その後の交流会では、作家の山岡千枝子さんや福岡県「堺利彦・葉山嘉樹・鶴田知也の三人の偉業を顕彰する会」の木村さん、道文教大の北村さんなどが活動について話され、また、戦前戦中のある時期、秋水さんの墓は鉄格子で囲われていたという証言も出されました。

 そして交流会も残り10分ほどになったところ。司会の北沢会長が「あと、ぜひ発言したいという方おいでましたら・・・」と、他に手を挙げる方がいないのを見計らって、紅星が挙手!

 自分が小樽出身で、小林多喜二の「東倶知安行」や、大逆事件で有期刑となった新田融の住所が、石川啄木も勤めた「小樽新報」の跡地だった事(北村さんが言うには実際には住んでいなかったそうです)などから話し始めたのですが、案の定食いつき悪く、何か「早く終わらんかねぇ」みたいな空気も。

 それも計算のうち、おもむろに「ゲバラTシャツあるのに何故秋水Tシャツ無いのかと思いまして自分で作って、去年の四万十ウルトラマラソンに着て走りました!」と、中に着ていたそのTシャツ見せた途端、一転歓声とともに大盛り上がり!「写真撮らせて」と、前に出て、秋水さんの写真パネルとともに記念撮影してもらいました。福岡から参加した方から、「大逆事件犠牲者ゆかりの地を回る『大逆事件マラソン』なんか面白そう!」との声も出されるなど、まさに『してやったり!!』発言の〆に、「これからも秋水Tシャツやブログ・ツイッターと色々な事で秋水さんの宣伝をしていきたいです」と抱負を語らせてもらいました。

 因みにこれがそのTシャツ。やっつけ仕事で作ったもので、まだ改良の余地あるかな。

 自作・秋水Tシャツ表

 午後6時からは懇親会。この席でも「さっきのTシャツ良かった!」と北沢さんや先代会長の森岡さんなどからお褒めの言葉を頂いたり、「背中には徳富蘆花の『新しいものは常に謀反である!』がえいがやない?」とか「秋水の顔をもっとでかくしたイラストにしてみたら?」とかアドバイス頂いたりしました。「・・・でも、僕は机に頬杖をつき小首傾げているこの秋水さんが一番好きなんだけどなぁ・・・」と呟いていると、秋水さんの遠縁にあたる田中歯科の院長さんが「僕もそれでいいと思うよ」と言って頂いたのでちょっと嬉しかった。

 余談ですが、秋水さんの顕彰活動の一環として、今年は四万十市がイメージキャラとグッズの開発に乗り出すそう。楽しみと同時に、負けずにこっちも頑張るぞ!と発奮しているところでございます。

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 で、写真ですが、1枚目は「秋水墓前祭」のニュースをみんなで見ているところ。2枚目は秋水さんの獄中の言葉と徳富蘆花の『謀叛論』の一節を、笠木透さんがしたためたもの(達筆だ!)。で3枚目は懇親会の中ほどに開かれた笠木透さん達によるミニコンサートの様子を撮ったもの(これ、公開してえいがやろうか・・・?)。墓前祭で歌われた『ポスター』のほか、同じく大逆事件の犠牲となった大石誠之助さんの歌や四万十川を題材にした歌5曲が披露されました。この5曲は、今春にCDで発売されるそうで、田中市長は「『ポスター』を秋水顕彰事業のテーマソングにして、市としてもCDを宣伝していきたいと思っています」とおっしゃっていました。

 そして懇親会もお開きとなり、それぞれ宿に帰ったり2次会へと繰り出すなか、紅星はお金もなくなったので帰ろうかとしていると、市長から「D君(紅星の本名)も2次会来るよね?」とお声が。「いえ、お金ないんで・・・」と言うと「僕が出すから」といって頂いたのでご相伴に預かる事にしました。

 2次会の場所は、土佐高知さんいきつけの『J』。市長と笠木さん達、そして福岡からいらした人と料理つまみながら歓談していると土佐高知さんも合流。その後は市長が思い出の曲歌ったりしているうちに、みなさん酔ってきたからか、妙な歌が次々と。土佐高知さんバカ受けで「この事絶対ブログに書く!!」とか言うとったけんど、ホントに書くがやろか・・・?

 とにかく、そんなこんなで新たな縁も広がり、紅星にとって有意義な一日が終わったのでした。

 以上!



 


 
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