一昨日(13日)、市内の文化センターで
『四万十シネマの会』主催の
『母べえ』上映会があり、紅星も午前の部で何とか観てくる事ができました。
『母べえ』は高知の『TOHOシネマズ高知』で、あえて
この日を選んで(紅星はこういう、人からしたらどうでもいい事に因縁づけて行動する癖があるのです)一度見たのですが、やはりいい映画はもう一度観たいものです。
とは言うものの、『シネマの会』スタッフをしている知り合いの人が前売り券を持ってその話をしに来た時は、あいにく給料日前で金が無く、買う事をしませんでした。
正直、『まだ2週間もあるけん、もうちょっとしても買えるろう』と考えていたのです。
しかし、その考えは甘かった!
数日後の高知新聞に
吉永小百合さん、舞台あいさつに来たる!! の見出しが躍るや否や、瞬く間に前売り券完売!今さら駆けずり回っても、「ごめんなさい、売り切れました」ばかり。
こりゃイカンかなァ・・・と思うてましたら、当日券が朝・昼・夜の部に10枚ずつのみ売られるとの事。
「よっしゃ、まだ望みはある!!」と、当日に並んでGETする作戦にシフトする紅星。
そして13日早朝、
午前2時半に起床して自転車でいざ会場の文化センターへ。
午前3時に会場前に到着しましたが、この時点でも
「吉永さんには熱狂的FANもあまた居てると聞くし、テント張って泊り込みしてる人いたらどうしよう?」と正直ドキドキしながら入り口に向かいました。
結果・・・
誰も居てませんでした^^; どうやら、そんな早朝から並ぼうなんて考えるの自分だけだったようです(東京とかじゃないんだから)。
で、「せっかく一番乗りしたから、証拠を」とばかり撮った写真がコレ。

ついでにヒマだったし、
夜桜が綺麗だったのでこちらもパチリ☆

それでもしばらくしたら4時ちょっと前には2人目のおばあちゃんが席取りに来たし、5時半には3、4人の団体さん(これもおばあちゃん達)が椅子持って並びに来ました。
しばらくはそのおばあちゃん方とのんびり会話を楽しんでいましたが、6番目くらいに来た、高知から来たおじさん曰く、「前売り券は下(1階)で売るって聞いたぜ」との事。その後来たおばちゃんが同様の証言をするに至り、「そりゃイカン!」と、その場にリュックを置き、慌てて下へ並び直し。
当日券の販売は8時過ぎからという事で、下で並んで「まだかねぇ」と雑談しているうちに、7時半頃から俄かにザワザワしだして、8時を待たずして何やら長蛇の列が作られそうな勢い。
「大丈夫、まだ200人程度!」と平静を装いますが、内心気が気でございません。それでも8時が来て券を買う段になると「この兄ちゃんが一番先来とったけん」と、みなさん1番を譲っていただいて、当日券をGET出来ました!

そしてリュックを取りに2階へ。上で並んでいて事情を知るおばあちゃん方は「まァ、あんたが先に来とったんやけん、入ったや」と勧めてくれましたが、やっぱり並び直すのが筋と考えて最後尾に並び直しました。
(それにつけても、やっぱり幡多のおばあちゃん方は温かいです。都会なら「入ったや」とはならないのでは・・・)
そんなこんなで中に入り、幸いにも良い席に座る事ができました。
・・・と、非常に長くなりましたがここまでが前振り(いい加減飽きたでしょうが、もうしばらくお付き合いを)。
以下、出演者評を中心に映画の感想を。
まずは主人公『母べえ』こと野上佳代を演じた
吉永小百合さん。
映画の冒頭で『父べえ』こと野上滋が特高に検挙されたのち、2人の子どもを一人で育て上げる『良妻賢母』の見本のような主人公を見事に演じきっていました・・・というか、『演じて』いなかったのではとすら感じられました。父親に『別れないなら、ここで自害せい!』と強要されながらも凛として夫の進んだ道が正しかったと反論する主人公に、原爆詩の朗読を続ける吉永さんの生き方が重なりました。
次に『照べえ』(野上照美)役の
佐藤未来ちゃんと、『初べえ』(野上初子)役の
志田未来さん。
『照べえ』は昔も今も普通にどこにでもいる女の子といった感じ。すき焼きを食べさせてもらえず泣くシーンは、深刻な場面ながら不謹慎にも笑ってしまいました。正月に『山ちゃん』が大真面目にドイツ民謡を歌うところで身振りを真似するシーンも結構好きです。当時の情勢を考えると学校でも『非国民の子』呼ばわりされて相当につらい目にあっていたろうと感じますが、めげずに元気に育つ『照べえ』は『母べえ』にとっても救いではなかったかと思います。子役の佐藤未来ちゃんはパンフをみたところ『照べえ』そのままらしいですが、絶妙な配役だったと思います。
絶妙といえば『初べえ』役の志田未来さんも良かった。志田さんというと『女王の教室』と『14歳の母』が代表作ではないかと思いますが、紅星は『女王の教室』は観ていましたが『14歳の母』は題名聞いてちょっと敬遠してしまい観ていません(聞くところではいいドラマだったそうですね)。
なので、『女王の教室』の天衣無縫ぶりと今回の『初べえ』のギャップに1回目観た時のごく最初は戸惑いましたが、自分が学校でつらい目にあっていても表に出さず気丈に『母べえ』を支える健気な少女役を見事に演じていたと思います。この子って芸の引き出しが多い子だなァと。将来が楽しみな子役さんです。
『父べえ』(野上滋)役の
坂東三津五郎さんは、前作
『武士の一分』に続いての山田作品。『武士の一分』では主人公の妻を手篭めにする外道役人という、いつもの役柄と違った役を演じていましたが、今回は信念に殉じた、家族思いのドイツ文学者をこれまた見事に演じてくれました。
治安維持法で検挙されながらも節を曲げず反戦の意志に殉じた滋は、言うなれば紅星たちの大先輩筋に当たる人ですが、またこの様な暗黒政治が万万が一復活したとしたら、自分は滋のような生き様を選び取れるのだろうか?と考えてしまいました。ところで、滋の葬式のシーンが、写真で見た
小林多喜二の葬式の場面とオーバーラップして見えたのですが、紅星だけでしょうか?
『山ちゃん』(山崎徹)は気真面目で誠実な好青年ですが、真面目すぎてかえって動作がコミカルな人でした。最初の登場シーンで足が痺れたり、面会で頼りになるかと思ったら泣き通しで全然頼りにならなかったり、海でおぼれたり・・・。特に海でおぼれるシーンは場内でも結構笑いが聞こえていましたが、それが尚更、あの最期のシーンを引き立てる効果があったと思います。
『山ちゃん』役の
浅野忠信さんは現在公開中の映画
『MONGOL』で更に世界的な評価が高まったとも聞きます。今度『MONGOL』も観に行ってみようかなと思っています。
『チャコちゃん』(野上久子)役の
檀れいさんも坂東さんに同じく山田作品二連投。今回は滋の妹で『母べえ』一家を支えるおばさん役を演じたわけですが、山ちゃんとお似合いで、この二人上手くいけばいいなと画面の前で願いつつも、山ちゃんは『母べえ』に叶わぬ恋。彼女の『母べえ』一家との別れの言葉、「こういうのは、仕方が無い事なのよ。悲しいけどね」がすごく切なかった。
そして彼女はお母さんの面倒を見に実家のある
あの土地−
『広島』−に帰っていき、その後やはり被爆し、一ヶ月以上苦しみぬいてこの世を去ったことが大人になった『照べえ』のナレーションで淡々と語られた時も涙を禁じえませんでした。
そして人物評の最後は、奈良からやってきた『仙吉おじさん』(
笑福亭釣瓶)。このオッサン、言動は下品で、デリカシーがなく、お金第一の、およそ好人物とは対極にある人物。案の定初べえからは嫌われていて(逆に照べえとは結構仲が良かった感じ)、結局セクハラ発言に初べえが耐え切れなくなって帰ってもらうことに。
そして品川駅での見送りシーンなのだけれど、ここで仙吉は命の次に大事にしていた金の指輪を山ちゃんに預け、これからどうするのという照べえの問いに、
「どうせ国のために立たんやつさかいなァ、桜の咲くころに、吉野の山で野垂れ死にや!!」と啖呵を切って去っていく・・・(そして本当に吉野で野垂れ死ぬ)。
カッコイイ!!それまでイケ好かん奴だったから尚更そう感じました。見方によっては、『お国の為に』、『贅沢は敵だ』と集団ヒステリーになっている中、『贅沢は素敵や!』と自分第一主義を貫いた彼も、滋と同様、彼なりの『信念』に殉じた『壮士』であり、『傾き者』であったのではと感じた事でした。
以上、人物評に絡めて、映画の感想を書かせてもらいました。
※余談ですが、この『母べえ』は治安維持法違反で捕まった人物を立派な人として描いている映画・・・
右翼や
『靖国教徒』からしたら、
『国賊』を持ち上げるとんでもない作品だと思うのですが、
この映画に対してしている上映中止圧力や街宣による嫌がらせもないのは何故なんでしょうかねぇ?
さて、映画が終わった後はいよいよ会場を埋め尽くした『サユリスト』お待ちかね、吉永さんのあいさつです。
司会の人に紹介され、吉永さんが登場した途端、
万雷の拍手!! 紅星はこの日まで、何で『サユリスト』とまで呼ばれる熱烈なFANが未だにおるのか半信半疑でしたが、遠目ながら直に吉永さんを見て納得しました。
他の女優さんにはない、自然とにじみ出る気品と風格。 落ち着いて、言葉を選びながら発せられる、重みが感じられるトーク。 そして、原爆詩の朗読活動に象徴されるような信念の強さと、今作品に出演した事への誇り。唯物論者の紅星としてはこの言葉は使いたくないのだけど、
オーラを纏っていると形容したくなるような人でした。
午前3時から並び、6時間待ちした甲斐がありました♪
この吉永さんの舞台あいさつは肖像権の保護から写真撮影やテープの録音が厳重に禁止されていましたが、筆記はOKみたいだったので、紙切れに必死こいてトークをメモりました。
そのメモと、トークを思い出して「こんな感じだったっけ」とまとめてみたのを、このブログの締めに下に載せてみました。何せメモと記憶で書いたものなので実際と違う点もあるかもしれませんが、他に参加した方、このブログ見ていましたら訂正お願いします。
吉永さんの舞台あいさつ(要旨) −最初に吉永小百合さん(以下、吉永さん)よりごあいさつを申し上げます。
吉永さん:
シネマ四万十の会さんに以前から「母べえ」を上映したい、来ていただけたらと手紙を頂いていましたが、なかなか予定がつきませんでした。その後四万十の会さんから4/13に映画のみ上映しますとお手紙を頂き、何とかならないかと考えて、今回あいさつにうかがう事ができました。
実はこの幡多地域には非常に縁があり、幡多高校生ゼミナールの「ビキニの海は忘れない」のナレーションをさせて頂きました。この時の収録は東京で幡多には来れなかったのですが、10年前に原爆詩の朗読で来る事ができました。今回再び来る事ができて嬉しく思っています。 −10年前と今回とで四万十川の印象とかは?
吉永さん:
宿から見た今朝の四万十川は霞がかかり、とっても良い感じでした。今回は残念ながら時間が無くてできませんが、今度来る時は屋形船で川遊びもしてみたいなと思っています。 −幡多の食べ物で印象に残ったものとかは?
吉永さん:
カツオはもちろん美味しかったですが、川えびは他のところでは食べられないもの。カルシウムたっぷりで美味しく頂きました。 −山田洋次監督には「寅さん」でも出演されていますが、その時と演出とかで変わられた点とかは?
吉永さん:
「寅さん」の時は、一人で考え込むような感じで作られていた感じでしたが、「母べえ」では、監督と出演者みんなで作り上げていくスタイルでした。今回の方が、少年のような情熱で作られている感じを受けました。 −長い間企画を持っていたらしいですね。
吉永さん:
最初は、戦争で死んだ詩人の話で出演する事で話が進んでいたのですが、野上照代さんの原作に監督が動かされ、今回の映画となりました。 −ベルリン国際映画祭の舞台あいさつの時の心境は?
吉永さん:
大変日本的な映画で、どう受けとめられるか不安でしたが、温かく迎えてくれました。たどたどしいドイツ語であいさつしたのですが間違えずにできてホッとしています。 −山田監督と山ちゃん(浅野忠信さん)はどうでしたか?
吉永さん:
監督は沢山の国から上映のオファーを受けて嬉しそうでした。
浅野さんは映画のとおりの優しい人。撮影中も初べえ・照べえの面倒を良く見てくれていました。 −山ちゃんがおぼれたシーンはスタントは使われたのでしょうか?
吉永さん:
スタントではなく、自分でやりました。あのシーンは奄美大島での撮影でしたが、水は冷たかったですね。でも青いきれいな海でした。 (−泳ぎを趣味でやっていらして、すてきな泳ぎでしたね)
−スクリーンから親子の絆がとても良く伝わってきましたが
吉永さん:
特別に取ろうとは思わず、一緒に遊びにいったりご飯を食べているうちにどんどん仲良くなって、2人の方から自然になついてくれました。 −ちゃぶ台を囲むシーンが多かったですね
吉永さん:
ちゃぶ台はどこに座ってもいいし、みんな向かい合って食事をしたり話をしたりできて、たたんでしまう事もできます。昔はあのようにちゃぶ台を囲んで親子の絆があったように思います。 −最後に、四万十市および高知の人たちへ一言お願いします。
吉永さん:
今日は大きな会場で見ていただきましたが、これからもこのような、いい映画をみんなで観る取り組みを続けてほしいと思います。私も映画に携わる者として、いい映画を作ってまた四万十に訪れて皆さんと再会できる事を楽しみにしています。
本当にありがとうございました。 (万雷の拍手)
テーマ : 日本映画 - ジャンル : 映画