土佐高知さん・
あくしゅさん・
simanto114さんがもう記事にしているが、昨日30日は
映画「靖国 YASUKUNI」の四万十上映会があった。
今回の四万十上映会、実は
映画館以外では全国初の取り組みだったらしい。高知県では当初A劇場が上映を予定していたが、『
仮谷刈谷さん問題』で取りやめてしまったため、
仮谷刈谷さんの地元高知のみ映画を観る事ができないという奇妙な状態に陥っていた。
そのようななかで『何とかこの映画を幡多で観られないものか』と有志の人が集い、配給元の龍影などに粘り強く掛け合って、この上映会開催にこぎつけた。
実行委員会の中核メンバーは上映前日まで前売券の販売状況に気をもんでいたようだったが、数日前、
チンピラウヨク『愛国党』の皆さんが、『観ちゃイカン!!』とご丁寧にも上映会の宣伝をして下さったせいか、上映当日(昨日)は昼・夕・晩あわせて600名近くの方に観に来て頂けた。
紅星は券販売や当日の雑用をちょこっと手伝っただけの要員だったが、何はともあれ、スタッフの端くれとして成功裏に終わった事は何より嬉しい。
さて、肝心の映画評だが、
『靖国派』はこの映画の何が気に食わんというのか!?この一言に尽きる。
何故か?
この映画2時間で映し出されるのは、8月15日の靖国神社境内の光景が大部分。その間に
仮谷刈谷さんの刀づくりが挿入され、靖国合祀反対のデモや台湾の高金さんの主張、菅原さんのインタビューなど
『反靖国』のシーンは驚くほど少ない。
さらに、終わり近くで出てくる、靖国派集会に乱入して袋叩きにあう青年がちょっと異様な感じがして、同じ靖国参拝反対派から見ても、その行動ちょっとどうよ?と思った事だった。
紅星はてっきり靖国・反靖国で半々の時間を使っていると思っていたので、延々と右派団体の参拝風景や『靖国派』の式典、「南京大虐殺は無かった」と主張する団体の署名行動など、
『靖国派』のパフォーマンスを見せつけられるとは意外だった。
そして、
仮谷刈谷さんの刀鍛冶のシーンを見て、その
匠の技に素直に感心した(このシーンの、一体何が問題だというのか、実に奇怪である)。
(「小泉総理を支援します」と書いたプラカードと星条旗を掲げて、最初は大歓迎されていたアメリカ人男性が、そのうちに、「ここでその旗(星条旗)を掲げるな!!」と偉い剣幕で取り囲まれ、終いには放り出されるように靖国から追い出され、何が起こったか分からない顔をして立ち去るシーンには不謹慎にも笑ってしまったが)
その時間配分だけ見れば、『靖国派』が喝采を叫び、『反靖国』側から大ブーイングが聞こえてきそうなものだが、実際は評価が逆転しているのは何故なのだろうか?
これはあくまで紅星の私見だが、
『靖国派』の行動は、『靖国神社』という空間、『靖国派』という集団の中では「自然な光景」なのだろうが、この映画のように切り取られて、事実として一般社会に提示された時、
その『カルト』性が剥き出しになり、一般国民から拒否反応を示される事を、実は
『靖国派』自身が承知しており、
何より恐れているのではないだろうか?
「南京大虐殺を否定する署名にご協力下さい」と訴えて回る、
国防婦人会の亡霊のようなオバサンがいい例である。仮に数十万、数百万の署名が集まったとて、それで黒が白になるとでも言いたいのだろうか?そのような署名、集まる数に比例して日本国民が国際社会の物笑いになるだけだ。
そんなに南京大虐殺否定や「大東亜戦争は自存自衛の戦争、アジア解放の戦争」だとしたいなら、そんなところ(靖国)で自己満足に浸っていないで、
ニューヨークの国連本部前で大キャンペーンを張ればいいのだ。 「間違った歴史観を正す」なら、それが何より手っ取り早いやり方だろう。彼らは
その主張も的外れなら、目標達成のために
採るべき行動からも外れた頓珍漢なのである。
敢えて下品な言い方をさせてもらうが、彼らとしては、『聖地』で自分達が行っている
マスターベーション的狂騒を、よりによって彼らの
侮蔑する中国人である李纓監督によって日本の一般国民や世界に暴き立てられたのが
何より屈辱なのではあるまいか?だからこの映画に対して『反日映画』というレッテルを張り、抹殺しようとしたのではないだろうか?
以上がこの映画を観た“コミュニスタ”紅星の所感である。左派の眼には斯様にこの映画が映ったが、さて、右派の方々の眼にはどのように映るであろうか?
右派・左派・中間・ノンポリ・無関心、それぞれスタンスはあろうが、
まずはこの映画、観るべし。次に考えるべし。そして発言するべし。 全てはそれからだ。
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